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コンテナとは

コンテナ物語 世界を変えた「箱」の発明

“アルミの箱”の黎明

1956年(昭和10年)4月26日、ニュージャージー州ニューアーク港を1隻の船が58個のアルミ製の「箱」を積みヒューストンに向け出航し、そこに58台のトレーラートラックが待ち構えていた。これが、革命の始まりだった。と「コンテナ物語」の著者、マルク・レビンソンが書き出しています。
世界の輸送・経済を変えた「箱」、コンテナは、今から61年前に始まったといわれていますが、日本経済の奇跡も中国経済の急成長も、20世紀最大の発明の「箱」から生まれたのです。
1826年、アメリカ大陸を横断する鉄道が引かれ、1836年代から鉄道貨物が発達し1880年代には冷蔵貨物という技術革新も登場。生きた牛や豚ではなく生肉の形での輸送が始まり、平均的にな家庭の食卓にも肉料理が並ぶようになり、コンテナを運ぶ鉄道が“アメリカの生命線”と呼ばれました。

トラック・鉄道輸送のイメージ

運送業界の風雲児、マルコム・マクリーンの登場

“コンテナ船を発明したのは、トラック運送業者マルコム・マクリーンだ”といわれ、世界経済を一変させたと紹介されています。彼は1935年、22歳でトラック2台とトレーラ1台、運転手9人を雇う運送会社を営み、40年には戦時景気もあり創業6年目にしてトラック30台年商23万ドルに急成長し、事業を拡大していきます。彼の成功の秘訣は、絶えずコスト削減に努めることにあったと書かれています。54年には、トラック輸送で全米最大級の一つに数えられるようになっています。彼は様々な経営改革にも挑戦しながら渋滞の激しい陸路から海運との組合せにシフトしいていきます。55年、彼はトラックを船に乗せる方式を断念して「箱」だけを積み下す方式の採用を決断し、船、トラック、鉄道で容易に積み替えできる「箱」(コンテナ)開発に取り組みます。船会社を買収したり、権利を取得したり新しい常識づくりに果敢に挑戦し、海上貨物輸送の歴史の1ページを開くことになります。

コンテナ船とマルコム・マクリーンのイメージ

「箱」がもたらした港湾労働者の消滅

1954年、マーロン・ブランドが演じた名画「波止場」を思い出していただきたい。筋肉隆々の沖仲仕の群が、港湾労働者として荷役をしきるマフィアのボスに立ち向う姿を描きアカデミー賞に輝いた名作です。コーヒー袋を肩に担いで運び船が入港してから出港するまでの複雑な作業を“人手”でまかなっていた時代です。
1951年代のニューヨーク市の就労者数は300万人ですが、港湾・輸送関係および港湾地区の就労者は約41万人で、強力な雇用の源泉でしたが、「箱」の発達と港湾施設の拡大とともに、港、船、クレーン、倉庫、トラック、鉄道と海運業のシステム化によって、この雇用関係も長い痛みとともに崩れていきます。
現代のコンテナ港は、全長300mを超える超大型コンテナ専用船がバース(船席)と呼ばれる岸壁から20m〜30mもあり、高さ60mもあるガントクレーン「港のキリン」が、オペレーターによって箱の揚げ積みを操作しています。

港湾労働者のイメージ
港湾労働者の消滅
  • 超大型コンテナ専用船
  • 港のキリン
  • オペレーター
  • コンテナクレーン

海運業のシステム化 港湾施設の拡大

港湾労働者のイメージ

新しい輸送のシステム化

マルコム・マクリーンのすぐれた先見性は、海運業とは船を運航する産業ではなく貨物を運ぶ産業だと見抜いたことです。
輸送コストの圧縮に必要なのは単に金属製の箱ではなく、貨物を扱う新しいシステムなのだということも理解していました。港、船、クレーン、倉庫、トラック、鉄道、そして海運業がシステムを構成するすべての要素を変えなければならないことを理解し、コンテナの普及を推進していきます。でも、アメリカで革命が起ころうとしていることをまだわかっていなかったのです。
この革命は同時に古いものを駆逐していく痛みも共有しています。貨物の積み下ろしで暮らす労働者の減少、コンテナ港に向いていない埠頭の衰退と古い経済を破壊し、新しい経済を興し経済と地理の新しい関係が始まっていくのです。
マルコム・マクリーンの改革は輸送路を「箱」によって1本につないだことにあります。

新しい輸送のシステム化のイメージ

船を運航する産業ではなく貨物を運ぶ産業

「モノ」から「コト」へ - 箱の変革

アルミがスチールでできた無機質なただの箱。溶接されリベットで留められ、木の床と二枚の大きな扉が片側についている標準的なコンテナは空き缶と同じで、実用的な物体の価値は、そのモノ自体にあるのではなく、その使われ方にあると著者は書いています。
この「箱」は、さまざまな経路と手段を介して最小限のコストで貨物を運ぶ高度に自動化されたシステムで、その主役が、コンテナであると断言しています。
クロネコヤマトが、「私たちは荷物を運ぶのではなく、お客さまの想いを運ぶのです」というミッションを思い出します。
コンテナが箱という“モノ”ではなく、輸送を取りまくさまざまな“コト”価値を運ぶことにマルコム・マクリーンは気づき、「貨物を箱に入れて運ぶ」という卓越した発想と果敢な挑戦がなければ輸送革命を起こすことはなく、世界経済を一変させることはなかったのです。

コンテナリゼーションの始まり

マルコム・マクリーンの「箱」への挑戦から半世紀の間、国や地方自治体、政治家、造船業や海運業、陸運業や鉄道などが既得権を守ろうとするあまり、コンテナを見誤り改革を先送りする苦難の時間もありました。
しかし、コンテナリゼーションは確実に進み、2001年〜05年には、世界のフルコンテナ船は毎年10%のペースで増加し、船体も巨大化して、40フィート・コンテナ4000個(8000TEU)を運べる超大型コンテナ船10数隻が06年までに就航する予定だと予測しています。
マラッカ海峡を通過できる最大船が実現した場合、全長400m、幅60m近く積載能力は1万8000TEUに達し、岸壁で待つトラックは1列に並ぶと100kmを超えるそうです。 世界経済のグローバル化は、この“奇跡の箱”の出現によってコンテナリゼーションを担っているといっても過言ではありません。
が、いまこの「箱」は新たに進化の第2世代を迎えようとしています。

モノからコトへのイメージ モノのイメージ

モノ

コトのイメージ

コトを運ぶ

中古コンテナをハウスへのイメージ

中古コンテナをハウスへ

新しいコンテナの未来

1956年、アイデアルメ号がアルミ製の「箱」を積み処女航海から半世紀たった2005年には3億TEUのコンテナが世界の海を行き交うようになり、その4分の1以上が中国から積み出され、数えきれないほどのコンテナが国境を越えてトラックや鉄道で運ばれ、コンテナリゼーションが世界を席巻しました。
急速な発展とともに貨物量の増加と港の拡張、渋滞や騒音、コンテナ船の排気ガスによる環境汚染、便利さ故の荷物の不透明性など厄介な社会問題が派生してきました。なかでも無用の長物化した大量の中古コンテナが放置され野積みされたのです。これらの問題はどれも重大であるが、コンテナはいまも大型化が進み、「箱」は一段と安いコストで一層スムーズに世界を巡るようになるにちがいない。と著者マルコ・レビンソンはコンテナの未来を結んでいる。彼が「コンテナ物語」を著して12年、この「箱」は“第2章”へと新しい頁を歩み始めているのです。

出典:「コンテナ物語」マルク・レビンソン著 村井章子訳/日経BP社出版(2007年刊)
   ビル・ゲイツ「2013年に読んだ記憶に残る7冊」の一冊にあげています。

サイト主催者の思い 地球のエコロジーを目指す、
「中古コンテナ」の新しい活用と役割。

著者マルコ・レビンソンの「コンテナ物語」に1935年のトラック運送業者マルコム・マクリーンがコンテナ船を発明しコンテナリゼーションが世界を席巻し経済も一変させたと紹介されています。しかしコンテナの急速な普及は厄介な社会問題を派生させました。なかでも大量の中古コンテナの放置が深刻だと報告されています。貿易の輸出入が各国で平均的な流通であれば、このような問題は起きないだろうと考えますが現実はそうではありません。これからもコンテナは更に大型化し、安いコストで世界を巡るとマルコ・レビンソンはコンテナの未来を結んでいます。あまって困るもの、けれど無くてはならぬものがコンテナです。中古コンテナを活かすことが、地球のエコロジーにつながり多くの方の幸せにつながると考えます。コンテナには様々な利点があります。
1錆びにくい 2耐火性 3気密性がある 4安全性が高い 5加工しやすい 6コストパフォーマンス(ローコスト)がよい 7加工しやすい 8運びやすい、さらに世界共通のモジュール品であり用途が無限大に拡がる点です。

中古コンテナが世界で余っている訳ですから発展途上国で役立つ施設、学校、病院、災害時の緊急住宅や仮設住宅などに使う新しい用途の開発に寄与できたらと考えます。ぜひ日本のクールさが伝えられる情報発信をしてまいります。

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